連載|第31回「自己紹介で話すセクシュアリティについて考えてみる その3」

 前回の連載は、必要最低限のセクシュアリティのことだけ話す自己紹介についてでした。第31回では、細かくセクシュアリティのことを話す自己紹介についてお話します。

 筆者のセクシュアリティを細かく話すと下記のようになります。
 
 自分は、(1)性自認がないトランスジェンダーで、(2)男の体に違和感があり、(3)男にしか見えない見た目が嫌で、(4)男らしさ・女らしさが何なのか分からなくて、(5)社会で男に属すこと・属さないといけないことに疑問を感じます。(6)だからといって、女の人になりたいわけではありません。(7)性的指向はポリセクシュアルです。恋愛対象になるセクシュアリティの人は、女の人、FTMの人、異性愛者じゃない男に見える人です。
 筆者が細かく話すセクシュアリティを各セクシュアリティごとに分けると7つに分けることができます。これは筆者の場合で、人によっては、セクシュアリティをもっと細かく分けるという人もいると思いますし、セクシュアリティのことを細かく分けてもここまで分けずに話すという人もいるかもしれません。今回は、各セクシュアリティごとに自己紹介で細かくセクシュアリティを話す場合にそのセクシュアリティを話す理由を上げていきます。
(1)性自認がないトランスジェンダー
 筆者は、自分の性自認を男でも女手も中性でも両性でも不定性でもなくて、自認する性はないと思っているので「性自認がない」とし、自分はシスジェンダーではないという意識が強いのでシスジェンダーではないならトランスジェンダーだろうということでトランスジェンダーとしています。そこから「性自認がないトランスジェンダー」と説明することにしました。たまにインタビューを受けることがありますが、その時に「自分には性自認がありません」と話しても話した人に自分のことを「性自認が分からない人」とされてしまうことがあります。なぜ、「性自認がない」と言っているのに「性自認が分からない」と勝手に変換されてしまうのか分かりませんが、このように勝手に変換されるたびに「自分には性自認がありません」と説明し直します。だから、「性自認がない」ということは自分を自己紹介で説明する上で一番重要だと思っています。
(2)男の体に違和感がある
 筆者は性自認が男ではないと気が付いた2009年当時、性自認が男ではないことと同時に自分を男だとするものに対しての違和感や拒否感が強くありました。しかし、その後、性転換手術で男の体から女の体になった人が女性ホルモンの投与を数年しなかったら、男の体の人がなりやすい病気になったというニュースを見ました。そしたら、男でも女でもない体が欲しかったという気持ちが、「男の体か女の体かどちらかを選ばないといけないなら生まれた時の体(つまり、筆者の場合は男の体)のままでいいや」という諦めに変わってしまいました。しかし、今でも自分の体が男の体であることにたいしての多少の違和感はあります。だから、体については「男の体に違和感はある」だけ説明することにしました。
(3)男にしか見えない見た目が嫌
 筆者は、自分の性自認のことを知らない人には男にしか思われないです。人に見た目で女の人に間違われたり、男の人なのか女の人なのか分からないという表情をされたことはありません、筆者は、男にも女にも見られない見た目にしたいと思っています。それで、見た目については「男にしか見えない見た目が嫌」と説明することにしました。
(4)男らしさ・女らしさが何なのか分からない
 筆者は、「男らしさ・女らしさとは何ですか」と質問されても何と答えていいのか分かりません。人によっては、「男らしさとは、力強いことである」とか「女らしさとはおしとやかであることである」というようなことを答えると思いますが、どんなことを言われても「そうだよね」と同意することはできなくて、「どうしてそう答えるのか分からない、意味不明」と思ってしまいます。だから、男らしさ・女らしさについては「男らしさ・女らしさが何なのか分からない」と説明することにしました。
(5)社会で男に属すること・属さないといけないことに疑問を感じる
 筆者は、性自認から男はないと思っています。それなのに戸籍上の性別から社会で出たら「男」に分けられ、男と女に分けられているものでは「男」を選択するしかなく、男と女のどちらに見られることを選択するかとなったら男に見られることを選択します。しかし、男に分けられることも男を選択することにも疑問を感じならがも男に分けられることを受け入れています。だから、「社会で男に属すること・属さないといけないことに疑問を感じる」と説明します。
(6)だからといって、女の人になりたいわけではありません。
 人に「自分は男ではない」ということを話したことはあまりありません。しかし、そのことを話した時に話した人に「男じゃないなら女なの?」と聞かれたことがあります。世の中の多くの人は「人は男と女だけ」だと思っています。しかし、人は男と女だけではありません。中性の人、無性の人、両性の人、不定性の人、自分の性自認が分からない人など、いろんな人がいます。自分は、男の体で生まれたきたが、女の人だと思っている人はないですし、男ではないからといって女の体、女の人に見える見た目、他人に女の人として接してほしいとも望みませんし、女の人に分けられることを選択しません。だから、「女の人になりたいわけではありません」と説明する必要があります。この説明をしないと、いつまでたっても「男でないなら女なの?」という質問をされ続けることになると思います。
(7)性的指向はポリセクシュアルです。恋愛対象になるセクシュアリティの人は、女の人、FTMの人、異性愛者じゃない男に見える人です。
 自分の恋愛対象になる人は女の人、FtMの人、異性愛者じゃない見た目が男の人です。どうして、この3つのセクシュアリティの人かというと、以下の理由からです。
・女の人:恋愛対象として女の人を好きになったことがあります。
・FtMの人をテレビで見た時に「こんな見た目の人と恋愛してみたい」と思ったことがあります。
・異性愛者じゃない男に見える人:以前、男に見える人対して恋愛に近い感情を抱いたことがあります。その人の性的指向が分かるまではその感情を抱き続けたのですが、その人の性的指向が分かった途端、その人に対して抱いていた感情が消えてしまいました。その人は異性愛者でした。それから、異性愛者だと分かる男に見える人に対してはその人の性的指向が分かるまでは恋愛亜感情に近い感情を抱くことはあっても、性的指向が分かると一切恋愛感情を抱くことはなくなってしまい、「この人(異性愛の人)に対して恋愛感情を抱いても意味がない」と思うようになりました。だから、異性愛者だと分かる人以外の男に見える人にしか恋愛感情を抱くことはないということになりました。
 以上のことから、自分の恋愛対象になる人をセクシュアリティで分けると3つになるので性的指向はポリクセクシュアルとなります。これを説明すると「性的指向はポリセクシュアルです。恋愛対象になるセクシュアリティの人は、女の人、FTMの人、異性愛者じゃない男に見える人です。」となります。
 以上が筆者がセクシュアリティを細かく話す自己紹介で話すことの理由になります。男と女を両端にした棒線を使って人のセクシュアリティの説明をすることがある人は性自認、体の性別、性的指向しか説明しないことが多くて、しかもこの説明だと性別二元論(簡単に説明すると性別は男と女の2つという理論)で説明できる人しか説明の対象にしていなくて、性別二元論で説明できない人をいないことにして、性別二元論で説明できない人がいることは全くといっていいほど説明しないのです。そのことに気が付いた時にこの状況をどうにかしないといけないと思い、筆者はイベントや講演会で人のセクシュアリティについて説明をするということはしないので、自分のセクシュアリティを説明する際に性別二元論を元にしたらセクシュアリティを説明することができない人もいるということをどうにかいえなかと思い、自分のセクシュアリティを細かくいうことで何とかしようと考えました。そしたら、このような細かいせくシュアリティの説明になりました。