LGBT・性的マイノリティ・性的少数者・セクシュアルマイノリティの総称の記述の仕方の問題点について、改めて考えてみる。

記事No.442

 ここ数年、自分はLGBT・性的マイノリティ・性的少数者・セクシュアルマイノリティの総称の記述の仕方や活動での使用においての問題点について考えてきました。

 それで、このブログに総称の記述の仕方や活動での使用においてのの問題点について書いたことがあります。

タイトル:「セクシュアルマイノリティ、LGBT、性的少数者、性的マイノリティの使い方に気を付けないと自分の言葉のセンスで他者のことを不可視化し続ける」という意識がないのならこれらの言葉を使わないでほしいです。
URL:https://atsukihamakawa.wordpress.com/2014/02/22/201402221036/

 最近になって、総称の記述の仕方や活動での使用においての問題点には、その総称の使用において、どういった人たちがいることを認識し、どういった人たちを対象とするのか、しないのか(無意識的に対象としないも含む)ということもセットになって問題になることがあることが分かってきました。

 それに自分のTwitterにも書きましたが、LGBT・性的マイノリティ・性的少数者・セクシュアルマイノリティというこれらの用語の中でどれを総称として使用すればいいのかという議論が自分の知る限りではこれらの用語の説明で出てくるセクシュアリティの人たち、これらの用語が対象にしているセクシュアリティの人たち(対象とされる可能性があるセクシュアリティの人たちも含む)、これらの用語を使って何らかの活動をする個人、団体、企業、非営利の法人、政党などで行われたことがありません。行うに至らない理由は、すでに使用する総称別に団体の集まりができていて、総称別の団体の集まりにはそこで使われる総称を使わない団体は入っていません。入っていない団体がある理由は別にあると思いますが、総称別の団体の集まりができてしまうと、議論する余地がありません。外部からの総称の使用に対しての問題の指摘がない限り、総称別の団体の集まりで議論が起こるような事態になるなんて思えません。

 自分は、2013年から自分が登壇者として話す講演会やセクシュアリティに関する活動で総称の使用についての問題点を話すようにしています。自分が話すことで改めてどなたかたの総称の使用ついて考えるきっかけになることはほとんどありませんが、言い続けないといけないことだと思って、言い続けます。

 本当は、どの総称を使用してもいいと思います。しかし、記述の仕方や活動の際の使用において問題が発生してしまった以上、どの総称を使ったらいいか改めて考えないといけないと思います。考えないで総称を使用し続けたら、無意識にその総称を使用することで対象になる人と対象にならない人を選ぶことになり、その総称に当てはまる人を記述や活動で対象にしないということになり、「自分は相手にされない」と感じる人が出てきてしまいます。

 このブログでは、「この総称(LGBT・性的マイノリティ・性的少数者・セクシュアルマイノリティ)を使ってください」とは言いません。どの総称を使用するかはこの記事を読んだ方各々が考えてることです。

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