多様な性について話す場のはずが、特定のセクシュアリティしか話されない場になってしまうことがあるという現実。

多様な性について話す講演会って、現状だとセクシュアルマイノリティ・LGBTのマジョリティのセクシュアリティと話してくれる人が見つかったセクシュアリティのことだけしか話されない。だから、講演会という場では多様な性があると可視化しようとしてもいくつかのセクシュアリティしか可視化されない。そういう現状があるから、自分が多様な性に関する講演会で話をする時は、自分のセクシュアリティをできるだけ細かく分解して、いくつものセクシュアリティについて話すようにしている。そうして、少しでも話されることがないセクシュアリティを減すようにしている。そうでもしないとセクシュアルマイノリティ・LGBTの中でマジョリティのゲイとレズビアン、法律がある性同一性障害のことしか話されない可能性が高くなる。自分みたいなセクシュアルマイノリティ・LGBTに当てはまるセクシュアリティがその中でマイノリティのものばかりの人のことは他人は誰も語ってくれないし、他人には語れない。「ここにいますよ」って自ら言わないといつもいないことにされてしまう。

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