連載|第38回「自分がLGBTのパレードで歩くことは、もうない(だろう)」

 先月2016年5月7日(土)、8日(日)の2日間にわたって渋谷区の代々木公園で特定非営利活動法人東京レインボープライド主催の「東京レインボープライド2016」が行なわれました。筆者は、活動のチラシを配布するために2日間とも参加しました。
 8日(日)には、パレードが行なわれました。今回のパレードは、昨年まで通ることができなかった渋谷駅前のスクランブル交差点を通ることができました。東京のパレードが「レズビアン&ゲイパレード」という名称で行われていた時のことからご存知の方によると、渋谷駅前のスクランブル交差点を通ることができたのは今回が初めてだそうです。
 筆者は、渋谷の代々木公園を出発するパレードには、2012年から3回参加したことがあります。しかし、2014年からパレードには参加せず、沿道からパレードの列を見ることにしました。それには、訳があります。年々、パレードに参加して歩くことは自分には合ってないと感じるようになったからです。今年2016年のパレードは、渋谷駅前のスクランブル交差点のところで見ました。18あるフロートを全て見たのですが、どのフロートでも筆者がとても苦手な「キラキラ推し」をする人がとても多かったです。その中の1つのフロートを見た途端、筆者は、「このフロートで自分が歩くことは無理」と思いました。こんなことを思ったパレードは、初めてでした。そのフロートは、筆者にとっては「キラキラ推し」というより「キラキラの押し売り」という感じで、筆者の「キラキラ推し」の苦手度を上げてしまうようでした。
 LGBTのパレードは、世界中のいろんな国で毎年行われているので、意味のあることでも必要なことでもあります。しかし、LGBTのパレードでは、限定されたいい面しかアピールすることができず、言葉でも人の見た目でも説明が難しいことはアピールすることは難しいです。難しいというより、そのようなことはアピールすることが不可能です。そのため、筆者のような性自認や見た目の人は、パレードの列で歩くとなるとただ歩いて終わりということになりかねません。そうなると、パレードで歩く意味があるのかと疑問に思ってしまいます。
 たぶん筆者は、もうLGBTのパレードで歩くことはありません。