連載|第21回「髪の毛を切りに行った美容院でのできごとが自分のセクシュアリ ティに男が含まれることを突きつけた。」

 筆者は、子供の頃から髪の毛を切りにお店に行くことが嫌いでした。最近まで髪の毛を切るという行為自体が嫌いだからだと思っていましたが、そうではありませんでした。髪の毛を切ってもらうには理容師や美容師の人にどんな髪型にしたいか希望を伝えないといけません。その「どんな髪型にするか希望を伝える」ということがなかなかできないということが最近になって分かりました。要は人と接することが苦手すぎて、人と接しなければしてもらえない髪の毛を切るという行為が嫌いになってしまったんです。だから、筆者は髪の毛を切りたくても切らないと不味い状態になるまで放ったらかしにしてしまうことが多いです。
 先日、2ヶ月振りに美容院で髪の毛を切ってきました。美容院に行く前は行きたくないけど、行くしかないという感じで気分があまりよくなかったです。しかし、切らないとボサボサになっていく一方。それに、既にカットの予約はしていました。だから、美容院に行きました。
 美容院では美容師さんにどういう髪型にしたいか聞かれましたが、あまり答えられませんでした。美容師さんが気を利かせてくれて、以前切ったのはいつだったとかいろいろ話してくれました。それで、「耳の周りの髪の毛はできるだけ短くしてほしい」とだけ言って、その他はおまかせという感じで髪の毛を切ってもらうことになりました。今回、どれくらい髪の毛を切ったらいいかを決めるためか、美容師さんがいろいろ話してくれました。その会話の中で筆者は、どうしても自分を男として話をしないと話が続かなくなることがありました。その話をする前に一瞬ですが筆者は「自分は男ではないけど、男ということにして話をするしかないな」と思いました。こんなことできれば思いたくないですが、どうしてもこう思ってからじゃないじゃ話すことができませんでした。
 筆者は、自分のことを男とは思ってないです。体の性別、見た目の性別、行政の書類上の性別は男ですが、性自認は男ではありません。だから、普段の会話の中で自分を男ということにしないと会話が成り立たなくなるということがあるとその会話を止めたくなります。しかし、自分を男として会話をしないといけない会話の相手には「自分は男だと思っていない」ということを話していませんから会話を止めることができません。だから、そういう状況になったら我慢して話を続けるしかないのです。我慢して話してその話が一秒でも早く終わることを願うしかありません。内容によっては何とかやり過ごすことができることもありますが、やり過ごすことができなかった時は、後で「自分は男だと思ってないけど、行きていく上では自分を男ということにしている」という現実を突きつけられたかのような気分になります。v

コメント

タイトルとURLをコピーしました